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あべ裕美子のかけ歩き

日本共産党・あべ裕美子福島県議の活動報告です

高校入学おめでとう!いろいろなことを経験し、やりたいことを見つけてください。

 新入学、進級の季節です。4月10日(月)は県立保原高校入学式、定時制課程17名、商業科26名含む220名が入学しました。11日(火)は県立梁川高校の入学式で41名が入学しました。今年は梁川高校で県議会議長の祝辞代読を行いました。心身ともに大きく成長するときです。いろいろなことに挑戦をしてほしいと思います。我が家の孫も高校入学を迎えました。孫のことに思いを重ねながら、新入学の皆さんに拍手を送り続けました。

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 小雨降る薬師堂の桜です。もう少しで満開です。

梁川町の花見山をつくろう!今年も東京からの友人も駆けつけて、大館山の植樹を実施

 4月9日(日)あいにくの雨模様となりましたが、総勢40人ほどで、今年も大館山の植樹を行いました。新日本婦人の会伊達支部では今年も2本(吉野桜、花かいどう)の植樹をしました。はるかに蔵王が見え、伊達市が目の前に広がる展望抜群の山です。原発事故が起きてから、5年間、木を植え続けてきました。レンギョウの黄色や花桃のピンクなど定植した木々が咲き始めていました。今年も東京からのお友達6人を迎え、参加者がそれぞれ持ち寄った1品料理を食べながら交流しました。相馬流山や紙漉き歌、など民謡が次々と披露され、私は義母に教わった「手まりつき歌」を披露し、義母が大好きな「バラが咲いた」をみんなで歌いました。眺めが抜群のところですが、目の前の下のほうにはブルーのフレコンバックが積み上げられた仮置き場が見えました。これが原発被災地の現状です。

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復興ネットワーク,学びのネットワークへの取り組みに期待

 4月7日(金)に開かれた復興フォ-ラムは”神戸から福島へ:学びのネットワークという挑戦”という課題で、一般社団法人ふくしま学びのネットワーク理事・事務局長の前川直哉さんが話をしました。大変興味深い話でした。前川さん自身が阪神淡路大震災の時に神戸の灘高校3年生、大学を卒業して灘高校の教師として赴任した時に東日本大震災に遭遇し、灘高校「東北訪問合宿」に取り組みました。その主な目的は1)被災地域を実際に自分で歩き、自分の目で見て、多くの方のお話を聞く 2)活躍する「カッコいい大人」たちの姿を見る。カッコイイ大人として紹介された坪倉医師、フランスで事例発表を行っているところに日本から電話で「今、福島県では医師も足りず、大変なことになっている。日本に帰ったらぜひ支援に入ってほしいとの要請に「はい、わかりました」とすぐに答えてくれた医師。「私はそのような時にこそ役立つように学んできた。」との言葉はなるほどすごいと感動です。

 私たちは「なぜ学ぶのか」「課題解決のための学び」について考え、灘高校の教師を辞めて、福島に移り住み、前川さんが挑戦している「ふくしま学びのネットワーク」、教育の重要性になるほどとうなづき、自ら実践に踏み出す生き方に感動しました。日本史の教師として見ている東北の扱いについても大変興味がわきました。

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原発事故と重なる前進座公演「怒る富士」

 JAふくしま未来が取り組んだ前進座85周年特別公演「怒る富士」が4月5日(水)福島市公会堂で上演されました。東日本大震災復興・原発被害支援企画にふさわしく、観劇した人たちに「原発事故で苦しんでいる福島県民の状況に似ている」と大きな感銘を与えました。

 1707年(宝永4)12月16日富士山の南東斜面、宝永山から大噴火が起き、すそ野の村々は噴出した火山礫や火山灰で埋まり、食糧の蓄えはなくなり、田畑は耕作不能、水の供給も絶たれ、深刻な飢餓に陥りました。雨のたびに河川に火山灰が流れ込んで河床を上げ、大雨で堤が決壊、下流の村々が土石流で埋め尽くされました。当時最も被害のひどかった富士山麓の59ケ村が「亡所」(収税地とみなさない替わりに手当もしない土地)とされ放棄されました。

 若い人たちは働き口を探しに村を出ますがお年寄りや子どもなど他所に行くこともできず、支援米がなければ餓死するしかありません。幕府は全国の天領等に拠出金を命じ、被災地救援の財源として集めた40万両のうち被災地救済に当てられたのはわずか16両で、残りは幕府の財政に流用されました。砂除川浚(すなよけかわざらい)奉行と呼ばれる災害対策の最高責任者に任じられた伊奈半左衛門忠順は、飢餓に苦しむ悲惨な状況を見て見ぬ振りできず、独断で幕府の米倉を開き、1万3千石を村々の領民へ分配しましたが、その行為を罪とされ、切腹を命じられました。被災地が復興し元の小田原藩に返されたのは噴火から実に36年後のことでした。

 原作者の新田次郎氏は「身命を賭けて民衆を守る、そういう政治家が徳川時代にいた事実に、私は新鮮な驚きを感じ、このような人物が現代にこそ必要ではないか」と述べています。

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公共事業の予算は水害対策など身近な暮らしを守ることを優先に、「古川を考える会」結成総会

 4月2日(日)保原中央交流館で「古川を考える会」の結成総会が開かれました。

 古川は農業用水や雨水処理を行う阿武隈川に流れる一級河川です。住民の皆さんが改修促進を目指して立ち上げる会は珍しいとのことですが、7町内会が準備に加わっての立ち上げとなりました。それだけ、地域の切実な要望だと思います。住宅密集地域も通り、度重なる台風被害などで床上、床下浸水を繰り返してきました。異常気象の下で、ゲリラ的集中豪雨がいつ起きるかわからない今日、住民の財産・生命を守るための防災対策としても河川整備促進は重要な課題になっています。これは県内各地の共通する課題です。問題はそのための本気の対策、予算措置が課題にふさわしいものとなっておらず、後回しにされていることです。

 現在、橋の架け替え工事を行っている古川端橋は28年度下部工建設に9千4百万円、29年度上部工に取り組みます。橋の架け替え予算は約3億とのことです。一方、3月26日に開通した東北中央道は復興道路の位置づけになり、予算がどんどんついています。28年度251.5億円、総事業費は1980億円です。国の予算もリニア新幹線など大規模開発予算が重点で暮らしに身近な生活道路や河川整備予算は伸びず、横ばいです。予算をどこに優先的に使うのかが問われます。

 会では堤防は単なるかさ上げではなく、サイクリングロードを考えてはどうか、また、街づくりと一体の河川の在り方などはどうかなどの意見も出されました。いづれにしても地域でみんなで意見を出し合い、要望をしていくことが大切だと思います。

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10日間の入院、経過良好、元気に活動に復帰しています。

 耳下腺腫瘍が見つかり、急きょ、摘出手術を3月9日に受けました。3月8日に入院し、手術後の経過も良好、順調に3月17日退院となり、元気に活動に復帰しています。19日(日)のロービジョンネットワークの集会にも参加することができました。

 2月14日~3月17日までの日程で行われた2月県議会は27日の追加代表質問に立ち、最終盤の土、日を除く8日間の欠席となりましたが、転移のない早い措置で、元気に活動に復帰することができました。有権者の皆さんに選んでいただいた議席です。これからも役割をしっかり果たせるように健康に気を付けて頑張ります。