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あべ裕美子のかけ歩き

日本共産党・あべ裕美子福島県議の活動報告です

北海道道議団視察に同行、除染土のフレコンバックの山や放射線量測定結果に驚きの声

  5月9日(火)北海道議団が福島に視察に来られ、同行しました。午前中に県からの説明を受け、午後は3月31日に避難指示解除となった飯館村に入りました。菅野村長が苦難の6年を経て村へ戻った決意などこの間の思いも率直に語りました。「物事はバランスを考え、経過の中で決していくしかない」と語り、懇談の最後に「帰ってくる人も、帰ってこない人もどちらも支援をしていく」と語りました。その後佐藤八郎前村議から説明を受け、村民の方の声を聴きました。持参したガイガーカウンターで測定すると、役場の前に掲示されている放射線量より10倍も高い数値が測定されて、北海道議団の皆さんは驚いていました。いたるところに除染土を詰めたフレコンバックが積みあがっている光景に衝撃を受けたと語っています。現場を見ないとわからないことを実感したとの感想も聞かれました。

 その足で、梁川町の借り上げ住宅に避難して、週3回か4回、飯館の家に通ってきている菅野今朝男さんを訪ね、話を聞きました。田畑を眺めることができる眺めの良い家の庭で9人の孫たちの家族とバーべキューをやる楽しみもなくなってしまった。孫たちも来なくなった。まだ帰れない状況を伺いました。飯野町にある仮設住宅にもうかがいました。

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微力かもしれないが、無力ではない一人から始まった無言宣伝は、足掛け5年、継続し、共感は海を越えて広がっています。

 我が家に1冊の本が届きました。「無言宣伝」(ウインかもがわ出版)ー京都・北野白梅町駅頭 月曜日のアサーの副題がついています。

 京都・北野白梅駅頭でアピール文を首に下げて、車いすに座っての無言宣伝を始めた井上吉郎さんは、夫が大学の民主化闘争をともに闘った仲間で、京都市長選挙に立候補し、あと一歩に迫る大奮闘をされた方です。2006年、突然の脳幹梗塞で右手右足の自由を奪われ、言葉を奪われ、食べ物を飲み込む機能を奪われました。胃ろうからの栄養補給で命を維持し、生きる意味そのものが問われたといいます。「そんなにまでしていきたいのか?「医療費の無駄遣いだ」との意見など、意味のある命と意味を見いだせない命との線引きをしようとする考え方との闘い。「生きることを保証したうえでどのように生きるかが考えられる。そこに線引きはない。」とブログやフェースブックなどで発信を行ってきました・そして毎週の朝の無言宣伝が始まりました。相方が発した「1人でやったらええやん」からだんだん広がってきました。「琵琶湖周航の歌」「ヒロシマの少女」などをオカリナで奏でる方と2人宣伝の時もあったり、10名を超える人たちのスタンデングになっています。伝える方法はいろいろあると思います。私も原発被災地福島からのメッセージを寄せました。声をあげる。方法はいろいろあります。

ヒトラーとナチ・ドイツー強権政治はいかに成立するのか、私たちは日本に再現させないために学ぶ

 5月3日の憲法記念日(水)憲法を考えるつどい実行委員会主催の第38回憲法を考える集いが開かれ、石田勇治東京大学教授の講演を聞きました。平和を掲げている日本国憲法を守るために、せめぎあいの情勢を頑張りぬいていくためにも、ワイマール憲法の元で、ドイツのヒトラーがどのように強権政治を短期間に確立していったのか学ぶことができました。私たちはあのような悲劇を二度と繰り返さないために、しっかり学び、戦っていく決意を新たにしました。

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農業と教育の復興を重要課題に位置づけ、奮闘する楢葉町

 4月25日(火)に開かれた復興支援フォーラムでは「楢葉町の現状と復興に向けた取り組みについて」松本幸英楢葉町長が話をしました。平成27年9月5日に避難解除になった楢葉町原発事故前は人口7345人でしたが、町に戻った町民が約1割といわれてきました。今回の報告では約2割に増え、小学校、中学校に入学した子供たちが100人になって、みんなで喜んでいるとのことでした。松本町長は妻と愛犬といち早く楢葉に戻り、復興に日夜頑張ってきましたが、作業員の宿舎が建ったり、新しい街をどう作っていくのかやコミニティの取り組みをどう進めるのかなど復興への道のりは本当に大変だろうと思います。松本町長は町の重要課題を教育と農業に位置付けていると話されました。

楢葉町のシンボルがユズだということも私は初めて知りました。ユズはセシウムと取り込みやすい果物でもあり、実証栽培がはじまったのは平成27年からとのことでした。将来を担う子どもたちが輝いて生きることができる町になるよう私たちもできるところで応援していきたいと思います。健康に気を付けて頑張ってください。

 

伊達市保原プール落成式、放射能に苦しんだ子ども達、水に親しむ場ができました

 4月27日は(木)伊達市保原プールの落成式が行われました。原発事故後、福島県の子供たちは外で元気に遊ぶことができなくなり、運動能力の低下も心配されました。その後、徐々に改善されてきましたが、依然として外遊びを控える傾向がある中で復興加速化基金を使ってのプールの完成は1年間を通して活用できるもので、大変喜ばれています。子どもたちのアトラクションに35名の園児たちが参加して、プールの中で演技を披露しました。中には座り込む子どももいて、一斉に指示に従える子やそうはいかない子など人間様々な姿を見て、目を細めました。25mプール6レーンプラス1レーン、建築工事費(電気設備、機械設備含む)8億8743万6千円です。

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