あべ裕美子のかけ歩き

日本共産党・あべ裕美子福島県議の活動報告です

命の88に迎えが来たら、もうすこしお米を食べてからと追い返せ!

 、母の米寿のお祝いを23日(土)に開きました。久しぶりに母の兄弟やいとこが長野県や静岡県から駆けつけてくれ、私の子どもや孫たちも沖縄、名古屋、東京からあつまり、楽しく集うことができました。私は母が20歳の時に産んだ娘です。女学校を卒業してまもなく、父、金沢州之と結婚して、父は軍隊に招集されて、終戦で生きて戻ることができたから私はこの世に生を受けることができました。私を頭に三女、二男に恵まれましたが、これまでの人生、苦労が絶えないものでした。父は55歳で脳血栓に倒れ、その後、亡くなるまでの8年間の看病、家業の製糸工場の倒産、そして、子どもたちが次々と統合失調症を発症しました。私も出資を協力し、借金をして精神障害を持つ人たちの居場所づくりを立ち上げ、約20年になります。次々に襲う困難にめげずにここまできましたが、そばで見ている私が思うことは、起きる出来事をそのまま受け入れて、対応する前向きの姿勢、そして、心身のパワーは子どもの時から実家の八木屋で培ったものなのかなとも思います。共産党に入党して、世の中を見る目が深まり、遅れている精神障がい者の環境改善の運動に多くの人たちと励ましあってとりくんできた、その生き方がさらにパワーを燃やしていると思います。本人のあいさつは現在のきな臭い情勢にも触れる堂々○○分の大演説でした。まだまだ困難続きですが、私たち夫婦もひーひーしながらもさらなる前進のためにがんばりますから、元気で長生きしてください。

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