あべ裕美子のかけ歩き

日本共産党・あべ裕美子福島県議の活動報告です

誰も見に来れない富岡町夜ノ森公園のサクラが咲いていました。

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 福島医療生協達北ブロックと新日本婦人の会伊達支部が共催で取り組んだ楢葉地域の視察は「百聞は一見にしかず」のことわざ通り、原発事故の被害がいかに大きなものかまざまざと見せつけられるものでした。4月1日から入ることができるようになった富岡町まで足を延ばして現地の現状をこの目で見てきました。

 

 最初にいわき市、北目事務所で伊東達也原発問題住民運動国連絡センター筆頭代表委員から挨拶をもらい、いわき市に避難している楢葉町宝鏡寺住職夫人早川千枝子さんから話を聞きました。

 

 「こら、泥棒 よくきけ    」一時帰宅の時に娘さんが玄関のところに張り出したという避難した家に入って、テレビや金目のものを盗んでいく泥棒への手紙から始まった早川さんの話は涙なしには聞けないつらい現実の話でした。現在住んでいる二間のアパートは5回目の避難場所、ほとんどの人が何回も避難場所を移っている。7回も8回も移っている人がいる。避難の中で、90歳のお母さんを亡くし、知っている人たち何人も亡くなった。お母さんは「家に帰りたい、帰りたい」と言い続けて亡くなった。もう少し生きていてもらえたら、家に連れて行くことができたのにと声を詰まらせました。早川さんに見せてもらった写真は避難の時の数珠つなぎに道路に並んでいる車の列。いつもなら50分のところ、いわき市まで4時間かかったこと、スーパーなど売り場の棚が空っぽになっている写真。ネズミなど動物のフンや雨漏りで汚れてしまっている家の中の様子やセイダカアワダチ草で一面がまっ黄色になった田んぼの写真など驚きの一枚、一枚でした。精神障碍者の施設の職員でもあった早川さんはメンバーさんたちと一緒に避難をしました。薬の確保がスムーズにできずに亡くなった方。失望して自ら命を絶ってしまった方もいるとのことでした。避難を免れた私たちとはまた違う厳しい状況にあることを知りました。

 

 昼食を済ませ、半沢先生の案内で楢葉、富岡を見ました。早川さんのお寺、宝鏡寺を尋ねました。草ぼうぼうの庭、池の鯉は盗まれたのか、タヌキなどに食われたのか、魚はいませんでした。白木蓮の大きな木に花が鈴なりにたくさん咲いていました。本堂には墓に入れない骨が並んで置かれていました。

 

 人が住んでいない地域はどんなに荒れ放題になってしまうのか窓から見る景色は無残な姿でした。日本の原風景である水田には除染した放射能汚染物が詰め込まれたフレコンバックが並んでいます。津波で流された富岡駅のホームにも立ちました。夜ノ森公園の桜のトンネルも見ることができました。すぐそばまで帰還困難区域になっていて進入禁止のガードレールが張り巡らされていました。かつてくぐったことがある夜ノ森公園の桜のトンネルはそれはそれは見事なものでした。たくさんの人が花見にやってきて賑わっていました。人は誰もいませんでしたが、桜の木は今年も見事な花を咲かせていました。故郷の歌を歌えない。聞くこともできないといった早川さんのことば。人々の暮らしを奪い、命を奪い、故郷を奪った原発はゼロにしなければならない。決意を強くした一日でした。

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